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イキトスからサンタ・ロサ、タバティンガへ

 

マナウスまでのアマゾン川下り、

次の目的地は、ブラジルのタバティンガ。

イキトスからサンタ・ロサへの船があり、さらに

カヌーで対岸へ国境を渡ればタバティンガに着く。

 

イキトス~サンタ・ロサ間の交通手段は2種類

①高速船 10H  200ペルーソル

②貨物船 2泊3日 70~80ペルーソル

 

タバティンガ発マナウス行きの船のスケジュール上、

私らは速い高速船で行ってもタバティンガで待つため

結局は高くつくだけなので再び貨物船に乗ることに。

 

5月28日(土)14時半
貨物船が出航するPuerto Pesqueroへ向かい、

今夜出航する貨物船に乗り込む。

ハンモックを吊るす場所確保のために早目に到着。

 

貨物船は2泊3日
8回の食事付きで70ソル
(2100)

 

25日にイキトスに到着してから風邪気味だったが、

ここに来てまさかの体調悪化。

貨物船に乗り込んですぐハンモックで寝込む。

 

寒気、鼻水、咳。

「うぅ・・・こんなときに限って・・・。」

 

19時出航予定の貨物船は、20時過ぎに出航

 

出航前には貨物船に物売りが何人も来たり、

「ハンモック屋」とでも言えばよいのか

ハンモックを吊るしてくれる人もいた。

彼らからハンモックを買う人は見かけなかったが、

紐で結んでもらう人はいた。いくらしたんだろう。

 

 

イキトスを出航した貨物船は

途中の集落に寄っては乗客や貨物を降ろしたり・・・

の繰り返しでやはりこれも速度は遅い。

 

ほとんど曇っていたので、景色はずっとこんな感じ。

 

息をのむほどの綺麗な夕日くらい見たかったのだが。

 

 

2日目の晩、ハンモックでブランケットにくるまり

寝ていると、突然の風雨で目が覚める。

「今濡れたら風邪が悪化するじゃん!」

と急いで船の側面のビニールシートを下ろす。

 

 

しっとり濡れた自分のハンモックとズボンを触り

「これだから貨物は気を抜けない」と思っていると

その直後に船がスタッグ。

 

パントハからの貨物船も途中でスタッグして

しばらく立ち往生していたことがあったが、

「またかいな。沈没するよりいいけど。」

 

しかも川岸に寄り過ぎ船に樹木がめり込んでいる。

 

船員がこの後、木をノコギリで切断していた。

 

 

貨物船は、こういうこともある。

 

 

船内の食事は、毎回船員が配りに来てくれた。

しかも自分の容器は不要。洗わず済むし、楽だった。

 

<朝ご飯>

パンと
とうもろこしのシナモン風味の甘くて熱い飲み物

 

 

<昼ご飯>

ロモサルタード:ご飯とポテトフライ、

玉ねぎ、ピーマンと牛肉の炒めもの

 

 

<夜ご飯>

ご飯、パスタ、茹でバナナ、肉

 

 

全体的に、特に昼・夜ご飯の質は

パントハからの貨物船よりも良かった。

2泊3日で70ソルもするからだろうか。

 

 

トイレとシャワーは同じ個室にあり、

 

もちろん便座なしの水シャワー

 

 

洗面台から出てくる水は、少し茶色の水

歯磨きのためにうがいするくらいなら問題ない。

 

 

5月28日20時過ぎに出航した貨物船は

5月30日15時前にサンタ・ロサに到着

所要約44時間

体調不良のためほとんどハンモック上で過ごしたが、

もしも元気だったら楽勝な乗船時間だったと思う。

ハンモックだらけで窮屈な思いはしなかったし。

 

 

1回だけアマゾン川に生息するアマゾンカワイルカが

遠くで泳いでいるのを見つけて興奮したくらいで、

ペルーの貨物船が2度目だったのもあり

とても印象に残ることはなかったように思う。

 

食事を配りに来てくれるおそらくオカマの船員が

身体は筋肉質なのに服は女性っぽいものを身に付け、

物腰がやわらかくて笑顔で接してくれたことが

ある意味一番の思い出かもしれない(笑)

 

 

 

サンタ・ロサに着いたら、

まずは船着場にあるイミグレでペルーを出国し、

乗り合いボートで対岸のタバティンガへ

運賃は5ペルーソルまたは3ブラジルレアル

 

タバティンガでは翌日出航する船でマナウスへ

向かうため、1泊した。

 

 

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イキトス

 

陸路では行けない世界最大の町、イキトス。

 

ジャングルツアーの拠点となる町なのだが、

ツアーに参加する気は元々全くなかった。

 

貨物船に乗って、

川沿いの人々の生活を少し見られただけで十分。

それにアマゾンツアーよりも、ベネズエラの

エンジェルフォールとロライマへ行くことの方が

ずっと興味深いからだ。

 

イキトス滞在中にしたことといえば、

ベレン地区とその周辺の散歩

 

 

ベレン地区には市場があり、鮮魚エリアには

アマゾン川で獲れる魚が売られている。

 

 

おばちゃん、大きい魚ですな!

 

 

亀はどうやって食べるのかしらね。

 

 

これがピラルクの切り身らしい。

おー、ほんとにあった。

 

ピラルクとは、アマゾン川流域に分布する

アロワナ目アロワナ科の世界最大の淡水魚の1つ。

成魚の体長は3mにもなるという。

進化において1億年間殆ど姿が変わっていない

と考えられ、生きている化石とも言われている。

 

ワシントン条約による保護動物に指定されて

いるが、アマゾン川流域の市場では食用肉が

売られている。

 

 

そして念願のピラルクをいただく。

セントロ近くのメルカドで12ソル(360) 

量のわりにやや高い。稀少動物だしね。

 

臭みのないさっぱりした白身魚の揚げ物

とてもおいしゅうございました。

塩茹でしたピラルクを注文した友人に

味見をさせてもらったが、それはそれで旨し。

 

 

市場のすぐ裏に水上ハウスが広がっており。

まあ、見るからに貧困街なんだけども。

我々3名は問題なく出歩くことができた。

 

 

階段を降りて行くと、民家のすぐ近くまで行ける。

 

 

足場の木材、ずっと浸かっていて腐らないの?

この板、なんか割れそうで怖い。


こんなゴミだらけの川には落ちたくない!

と私はそこそこの場所までしか行かず。

 

 

家の入り口には移動手段であるカヌーが。

子供がカヌーの上で水浴びしていた。

 

え、そもそもその水はどこから?

川の水・・・だよね。

遠目ではわりと綺麗に見えるけど、地下水?

 

 

ベレン地区、

一体どうやって生活用水を得ているんだろう。

 

 

 

「ちょっと遊びに行ってくる~」

きっと我々にとっての自転車代わりかな。

 

 

パントハからイキトスへの貨物船 最終回

 

5月24日朝

何やら荷物をまとめ始める乗客が増えた。

イキトスの手前の町「マサン」で降りるらしい。

 

ここでしばらく停泊中に知ったのだが

マサンで船を下りて別の小さな船に乗り換えれば

1時間でイキトスに行けるそうだ。

 

「今から急いで荷造りして船を乗り換える?」

日本人3人で話し合ったところ、結局

「この貨物船でイキトスに向かおう」と。

ここまで来たらこの貨物船でイキトスに着きたいし。

 

貨物船はぐるりとまわってイキトスに向かうので、

到着は今夜20時だとか。

 

 

14時半頃、川幅が広がって見える。

 

すると「あそこからアマゾン川だよ」と。

 

おー!!アマゾン川!やっと来たかー!!

 

よく見るとちょっと流れが違うね、すぐそこから。

 

 

イキトスはここから8時間

あー、結構まだ先だね。22時半到着じゃん。

 

 

川幅の広くなってきたアマゾン川でも
手漕ぎカヌーで移動する人もいた。

 

 

イキトスへの貨物船で最後の夕日

 

 

イキトスの船着場に着いたのは、24日23時前

 

「この時間に下船してイキトスの宿探しをするより

船上でもう1泊して明朝宿探しをする方がいいね。」

 

 

そういうことになり、ハンモックでさらにもう1泊

 

この晩、隣の貨物船のエンジン音がうるさかった・・・。

 

翌朝6時 S輔さんに起こされて目覚めると、

周囲にいた地元民数名は既にいなくなっていた。

 

 

うちらもやっとイキトスに上陸だね。

 

 

貨物船でのハンモック泊、合計6回

やっと着いたー!!!今日はベッドで寝られるー!!

 

 

詳しく話したり書けば非常に長くなるけども、

イキトスに着くまでほんと色々あったなぁ・・・

 

船旅で無事にマナウスに着いた今となっては、

この貨物船に乗船できるまでも、乗船してからも

色んな意味で大変なこともあったが、

最初のこの貨物船が最も思い出深く、面白かった。

 

わざわざエクアドルから船旅でイキトスを目指す

なんていうやや無謀なルートをご一緒して下さった

S輔さん、R介君、本当にお疲れ様でした!

そして、ありがとうございました!!

 

パントハからイキトスへの貨物船 その3

 

所々の集落で貨物を積み込んだり、

人の乗り降りがあるとき以外は、

こんな景色を眺め続けるしかない。

 

 

船上生活中は

晴れたり曇ったり、雨が降ったりと天候は様々。

 

 

虹が見えたこともあったし

 

 

川が合流するところでは、川の色が違った。

 

 

毎日ではないが、夕日も見られた。

 

 

そしてたまに集落に止まったり通り過ぎる

 

・・・の繰り返し。

 

 

 

「こんなところで人が生活しているんだね。

電気、水道もないだろうに。」という場所も。

 

そう、電気がないために暗くなってから

立ち寄るところでは

収穫して山積みにしたバナナを

貨物船に乗せてもらいたい村人たちが

懐中電灯を照らして待っていた。

 

まるで

「おーい、ここに寄ってくれ」と言わんばかりに。

 

あの人たちは一体どうやってこの貨物船が

来るタイミングを知っていたのだろう。

 

 

見えにくい写真ですみませんが、

夜のバナナの積み込み作業はこんな感じだった。

 

 

 

とある晩の星空は結構綺麗で、天の川も見えた。

 

が、「満天の星空だね!!」というほどではなく。

 

 

さすが長期旅行者、

「もっと凄い星空を見たことあんだよね」と

サラリと言っちゃうのが怖いね。

あれでも十分、数え切れない星空だったけども。

南十字星も見られたし。

 

 

停泊して船のライトを頼りに

船員が暗い中をバナナを積み込んでいるときには、

船の近くでとても小さな光が飛んでいるのが見えた。

 

「おー???もしかして蛍???」

最初は目を疑ったが、やっぱり蛍だった。

 

清流のもとでしか生息できないイメージが強いが、

あんな茶色の川にでも生息するんだね。

いや、茶色いだけで本当は綺麗なのかな。

 

 

ナポ川流域は、こんな大自然

 

 

でもきっと川底は汚いんだと思う。

船の上から自然にはかえらないようなゴミを

平気でポイポイ捨てるペルー人。

 

バナナの皮だとか、鶏の骨だとか、有機物なら

川に投げてもいいと思う。

でもペットボトルとかビール瓶のフタはダメでしょ!

ゴミを投げる光景を見る度に不快な思いがした。

 

「教育って、大事だね」S輔さんがそう言った。

 

アマゾン川流域の自然、大事にしましょうよ・・・。

 

 

パントハからイキトスへの貨物船 その2

 

さて貨物船での生活はどうなっていたのかというと。

 

我々が滞在していたのは3階のハンモックエリア

 

 

夜寝るときは気温が下がり、虫除けのためにも

フリースを着てブランケットに完全に覆われて寝た。

寝袋があったら使うと良いくらい、肌寒かったのだ。

 

 

ハンモックを吊る場所は、

初めははっきり言って早いもん勝ち。

途中乗船の人は奪い合い、というより割り込み。

 

なるべく自分の隣に人が来て欲しくないものだが、

ある晩はすぐ左におじさんが割り込んできたので

ハンモック上でお互い時折ぶつかりながら眠った。

 

 

2階は窓が小さめで、閉塞感がある空間だった。

 

ファミリー向けのフロアなのか、家族連れや

3階よりも低所得者層が多い印象を受けた。

 

 

どこかで売るためなのか、

それともお土産なのか、

こんな生き物も乗っていた。

 

カメ

 

写真はないけども明らかに食用のカメは、

25cmくらい大きかった。

 

 

子猿 これはおそらくペット用

 

 

貝類 セビッチェ(生食)にするらしい。へぇ~。

 

 

撮影はしなかったが、

編みかごには何十匹の大きいカタツムリもいた。

きっと食用カタツムリだろう。

 

紐で繋がれた小さなネズミもいたが、ペットか?!

 

 

貨物船内は、そんなごちゃっとしたところ。

 

 

船内で提供される食事は、

各自自分の容器や皿などを持参していただく。

 

<朝食> 毎朝ほとんど変わらずコレだった。

右のは芋団子で、左は

とうもろこしの甘いとろみのあるシナモン風味の

あたたかい飲み物

ボリビアで飲んでいた「アピ」によく似ていたが、

船内で提供されたのはどうも甘過ぎて苦手だった。

それでも肌寒い朝にあたたかい飲み物は
有難かったので
なるべく飲むようにはした。

 

 

<昼食> とある日の昼食

チキンと赤ピーマンの炒め物

塩水で炊いた米と、

もはや食感、味共に芋っぽい茹でたバナナ

 

 

<夕食> ほぼ毎晩このスープだった。

牛肉と米とパスタが入ったスープ

ここでもやっぱり茹でた調理用バナナ付き

 

いずれも十分食べられるお味ではあったし、

おなかを壊すこともなかった。

 

 

が、

米は船の洗面台から出てくる少し茶色の水、

(つまり川の水をおそらくろ過したもの?)で洗って

炊かれていたはずだし、

 

 

衛生的にはどうなの?!という環境下での調理

 

 

神経質な人は、またおなかが心配な人は

食べられないかもしれない。

 

 

我々日本人3名は問題なかったので毎回完食。

また、たまたま乗り合わせた欧米人などの旅行者も

拒まず普通に食べていた。

でも足りないからか捕食としてか

自分の調理器でインスタントラーメンなどを

作っては食べていたけれども。

 

 

リッチなペルー人の乗客は給食ではなく

お金を払えば船内の売店内で調理された

少し豪華な別のご飯を食べていた。

 

それはチキンが大きかったり

お値段がする分とても美味しそうだったが、

我々は1度も食べなかった。

こんな食生活が4~5日も続くとさすがに
野菜に飢え、R介君からいただいた青汁の粉を
水に溶かして栄養補給をしたほど。
R介君、ありがとう。美味しかったよ。

さらにイキトスに着いてからは野菜を
たくさん食べたいがために外食としては割高でも
我々は中華料理屋に毎日通ってしまった。

 

 

お手洗いは、便座がない洋式の水洗トイレ

女性は毎回空気椅子して用を足すから、ね・・・。

当然、トイレットペーパーは持参

 

水洗用の水は明らかに川の水だったし、

 

そしてきっと
排泄物はそのまま川へ垂れ流しのはず。

 

 

シャワーはトイレの向かいにあり、

川の水を一旦ろ過しているのか、少し茶色い。

 

お湯なんて、もちろん出ない。

上の管からドバーっと出てくるのを浴びるだけ。

 

洗濯もここでし、

ハンモックの横に張った洗濯紐に干した。

湿度が高いので風でおおかた乾いても

「パリっ」と乾くことはなかった。

 

 

貨物船、とってもローカルな感じでしょ?

 

 

プロフィール

Chihiro

Author:Chihiro
約800日間の旅を終えてすぐ
2011年12月30日より今度は
ユーラシア大陸の旅へ。

家族や友人、多くの世話に
なった方々や、旅の間で
知り合った方々などへ

どこで何をしているのか、
安否確認のために立ち上げた
ブログです。

いつも温かく見守って下さり、
ありがとうございます。

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