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ボア・ビスタ、パカライマへ

 

6月11日朝 バスは川岸近くに到着

といっても私が再度バスに乗車してから

数十m先で停車したのだが、ここで

全ての荷物と共に降ろされる。

 

ここからこの船で川を渡るとのこと。

 

 

まだ橋が建設途中のようなので、船で渡るしかない。

 

 

増水した川を上流に向かうこと1時間

 

私が見ていたのと反対の岸側を見ていたR介君が
後に言うには、

「屋根しか見えない冠水した地域があった」

とのこと。

 

このあたりの冠水が問題となって

バスの運行ができなくなったわけか。

 

船が到着したところから別のバスに乗り、

最終目的地ボア・ビスタに着いたのは

13:15

マナウスからの移動時間 合計19時間

 

 

ボア・ビスタからブラジルとベネズエラの

国境の町パカライマまでは日に3便のバスがあり、

EUCADOR社 71216時発 12レアル

 

国境の町ならば宿泊施設くらいあるだろうと

思ったので、約3時間後のパカライマ行きの

バスチケットを購入した。

 

16時 バスがボア・ビスタを出発

ボア・ビスタのバスターミナルは新しく、

インフォメーションはまだ工事中だった。

 

20時前 パカライマに到着

 

バスターミナル周辺にはいくつか宿があり、

歩いて100mほどの所の宿が手頃そうなので

そこに泊まることにした。

3ベッドあり、2人で泊まっても1室50レアル

トイレ・シャワー付きで朝食付きなのも嬉しい。

 

前回お湯シャワーがある宿に泊まったのは、

エクアドルのバニョスで5月14日だった。

ここパカライマの宿のシャワーが清潔で広くて、

また電気式のシャワーだったがお湯を浴びられて

疲れた身体にはより快適だった。

 

暑い地域ならば、水シャワーでも問題はない。

だが朝夕涼しくなるようだと、気合を入れて

浴びないといけない時も多々あった。

水シャワーしかないなら日中浴びればいいのだが、

「できれば夕食後、寝る前に浴びる」という

習慣だけは変えられずなるべくならば旅中も

夜にシャワーを浴びている私にとっては、宿には

電気式のシャワーがあって、水かお湯かを

調節できるものがあるといいなと思っている。

 

これがいわゆる「電気式のシャワー」

 

 

日本の一般家庭の風呂には存在しない道具。

私は未経験ですが、温・冷の切り替えのため

感電したことがある友人が何名かいます。

濡れた手で触る時や調節時はご注意下さい。

 

 

話は戻るが、南米9ヶ国目のベネズエラは

もうすぐそこ。

会話しにくかったポルトガル語圏のブラジルから

少しは意思疎通が可能なスペイン語圏に戻るのは

嬉しかったのだが、何しろ治安の悪さや

警察がらみのトラブルをよく聞くベネズエラ。

ブラジル最後の夜はさすがにやや緊張していた。

 

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災難続き(?)のバス移動

 

6月10日() やっとボア・ビスタへ発つことに

 

マナウスから陸路で北上してベネズエラを目指す

ことが途中の道路の冠水によりしばらく無理ならば、

ギアナ3国を抜けてのルートも真剣に検討していた。

 

10日昼出発のサンタレン行きの船は既に手配済み

だったのだが、バスで北上することも諦めきれず。

朝7時過ぎにホステルのスタッフにバス会社に

電話して、運行再開したかどうか確認してもらう。

 

すると

「再開した(する)」とのこと

バスで途中まで行って、そこから船に乗り換えて

ボア・ビスタへ向かうことになったそうだ。

 

「よっしゃ!じゃあ船をキャンセルせねば!」

 

当日朝キャンセルとなったため全額の70レアルの

返金はされなかったが、うち50は戻ってきた。

 

次にチケットを買いに4回目のバスターミナルへ。

 

18時発ボアビスタ行き バスと船代100レアル

「あー、まだ残席があって良かった。」

 

セントロで簡単な買い物をし、11時に宿に戻る。

12時にチェックアウトをし、16時までソファに

座ってネットをしたりして待機させてもらった。

 

16時過ぎにローカルバスでバスターミナルへ

「いよいよ本当にマナウスのバスターミナルに

行くのもこれが最後か・・・」と思いつつ。

 

ターミナルには18時前にバスが到着し、

荷物を積み込んでから乗車した。

このところ船旅続きだったので、

長距離バス移動は約3週間ぶりだ。

 

 

車内は予想どおり冷房が効いていたが、

フリースを着れば耐えられないほどではなく。

 

電気は思っていたよりも早くに消灯したので

乗客は全体的に寝るモードになった。

 

持参したブランケットにくるまって寝ていると

突然隣のR介君が「つめてっ!!」と起きた。

上にあるクーラーの穴から水が垂れてきたのだ。

他に移れそうな席もなく、仕方なく応急処置。

ビニール袋をテープで貼り、水を受け止めることに。

しかしまた私の持っていたテープはどこか外国の

文具屋で買ったものなので、付きが非常に悪い。

日本のテープだったら使い勝手が良かったろうに。

暗い車内でビニール袋を貼る羽目になった上、

その後夜中に最低2回は袋が落下したので

落ち着かない夜行バス移動であった。

 

翌朝、バスはとある休憩所に止まった。

肌寒い車内にいるよりは外に出ていようと思い、

隣で曝睡するR介君をそのまま起こさず

自分はサブバックを持って下車。

 

ここから船に乗り換える場所まで近いらしい。

 

休憩中にコーヒーや軽食を食べる乗客。

しばらく経ってもバスが出る気配はなく、

私も他の乗客と同じようにレストラン裏の

お手洗いに行き、洗面台で歯を磨いた。

 

そして戻ると、バスが40m先で発車。

 

「えー???行っちゃうの???」

あまりに急な出来事だった。

 

おそらく給油して戻ってくるのではないかと

とっさに思い、そのバスを追い駆けず。

 

別のバスで休憩所に着いた知人の旅行者と

「バスが行っちゃったんだけど、たぶん

戻ってくると思うんだよね」と話していた

くらいなので、大丈夫だと思っていた。

 

が、その後バスが戻って来ることはなかった。

 

後から停車したバス2台、ミニバス2台が出発

するのを見て休憩所には客がほとんどいなくなり、

「これは完全に置いてかれた!」と分かる。

 

目の前で動き始めたミニバスを必死で止めて

「乗せてって!」と頼んだところ、乗せてくれた。

近くのブラジル人()が交渉してくれたおかげだ。

 

 

南米に限らず「長距離バスに置いていかれる」

という話は何度も聞いたことがあったのだが、

20ヶ月も旅をしていて置いていかれたのは

今回が初めてだった。

 

ミニバスの中ではバスに追い着くかどうか心配

だったが、いざとなればR介君がいないと気付き

おそらく乗り換える船には間に合うだろうとは

思っていた。

 

そして自分のバスが止まっていたのを見つけ、

ミニバスから降ろしてもらい、

ゆっくり発車したバスを走って追い駆け、

運転席側の車体をバンバン叩いてやっと停車した。

ドライバーを含め運転席にいたスタッフ3名は、

私が置いていかれたことなぞ全く気付いていない。

しかもこのバスはボア・ビスタ行きのはずなのに、

「これは行かないよ」と乗車拒否。

「チケットは持っているよ!」と見せると

「あ、お前はマナウスからの乗客だったのか」

とばかりにやっとドアを開けて乗せてくれた。

 

自分の席に戻ると、寝起きのR介君が

「どこへ行ってたの?」

 

「・・・。休憩場でバスに置いてかれた。」

 

 

お互い個人旅行者なのだから、バスに置いて

いかれたことは、自己責任だと思っていた。

 

宿でも移動中でもいつもよく眠るR介君に

「うちの相方、いないんだけど!!」と

気付いてバスが発車するのを制止してほしかった

わけではないし、それを期待もしていなかった。

 

が、やっと乗車できたバスで開口一番

「どこに行ってたの?」は、そりゃないよ・・・。

 

バスに置いていかれたのは自分のせいだし、

しかもどうにかなったわけだし、ここは

「もう危うく大変だったんだよ、ほんと。

 R介君は寝ていたから知らないだろうけど!」

とは心の中でつぶやき、落ち着くよう努めた。

 

 

久々の長距離バス移動は、こんな思い出。

 

 

やむなくルート変更?!

 

7日()になってもボア・ビスタまでのバスは

やっぱり運行再開されず。

 

マナウス市内の日系の旅行社と

ツーリストインフォメーションを訪れて

道路状態やバスの運行再開時期などについて

尋ねるも、有力な情報は一切なかった。

 

途中の町カラカライーまで船で行く

という選択肢も浮上し、船着場へ行ってみる。

 

あるジャングルツアーのガイド(客引き)
英語で話しかけられ、状況を説明すると

 

「あー、あの道は水没して通れないよ!

 この間そこにいたばっかりだから知っている。

しばらく無理だろうね~。2週間とか。

まあ、いつまでかかるかは分からないね。」

 

どうやら増水した現場はカラカライーと

ボア・ビスタの間にあるようだ。

ならばカラカライーまで船で行っても意味はない。

 

 

R介君と緊急会議を開く。

我々に残った選択肢は

     飛行機でボア・ビスタへ行く

     バスの運行再開を気長に待つ

     もはやベネズエラを目指さない

     別のルートでベネズエラを目指す

 

①陸路にこだわって旅をしてきた我々には

飛行機は「高いから」というだけじゃなく

最終手段としてしか使う気はなく、却下。

 

②見通しの立たない運行再開まで物価の高い

マナウスで待ち続けたくはないため、却下。

 

③やっぱりロライマには行きたいし、中米を

北上したいのでブラジル南下などはありえない。

 

④アマゾンの河口まで行く気は全くなかったが、

南米から中米に北上するためにはルート変更も

やむを得ない。

 

そういうわけで、ルート変更を決意

 

今後のルートは

マナウス→サンタレン→マカパ

4度目の船旅、サンタレンまでは30時間

5度目の船旅、マカパまでは40時間

 

 

陸路でベネズエラに入国するには

ブラジルのオイアポケ→仏領ギアナ→スリナム→

ガイアナ→ブラジルのボア・ビスタ→ベネズエラ

 

というルートになる。

 

つまり

『まさかの南米大陸の反対側までの川下り』

『さらに南米「大陸」の国々を制覇』

ということになる。

 

物価は高い、有名な見所はない、

場所によっては危険らしいギアナ3国には

関心はあっても行くつもりは全くなかった。

 

南米には既に半年も滞在しているが、あの国々を

旅したことがある知り合いは数える程度。

 

つい最近訪れたことがある友人Cちゃんに

「急遽行くことになったから情報教えて!」

と頼んだところ、

親身になってすぐに情報提供をしてくれた。

本当にありがとうございました。

 

このところ、特に自分の先を行く旅仲間には

いつもお世話になってばっかりだ。

 

さらに

インターネットでできる限りのことを調べた。

 

以下、得られた情報の一部:

①仏領ギアナの首都カイエンヌには安宿が
なくなったので
最低でも1泊47ユーロする。

 

②仏領ギアナ~スリナム間の国境越えの船は

危険なので1人で乗らないこと及び注意点

 

③ガイアナの首都ジョージタウン

夜は人気がなくなり、週末はゴーストタウン化

 

④ガイアナからブラジル国境までの約500kmは

悪路のため22時間くらいかかる。

 

⑤スリナムの首都パラマリボでは美味しいご飯が
食べられて
居心地が良い。

 

あれ?ほとんどネガティブな情報ばっかり。

 

交通手段や宿情報、注意事項を書き出していく。
何日も下調べに徹するのは久しぶりだ。

                     マナウスの港にて

 

 

 

バスチケットの返金を求めてバスターミナルへ

行ったときに貼ってあった写真

 

 

増水して道路が見えなくなっている。

これじゃバスを走らせることはできまい。
運行再開はいつですかー?

 

                   (6月9日 予約投稿) 

マナウスにて

 

ペルー北部から川下りをしてくること2週間弱

 

やっとブラジルのマナウスに到着!!

 

 

ここでもジャングルツアーに参加するでもなく、

滞在目的は船旅の疲れを取ることと街歩き。

 

アマゾナス劇場 イタリア・ルネッサンス様式

 

 

やっぱり行くのは市場 マナウス・モデルノ市場

 

 

隣接したアドウフォ・リスボア市場


鱗を取り除き、切り込みを入れている。

 

 

 

 

まさに漁から戻ってきたばかりの船

 

 

 

マナウスは交通量も多く、大都会。

大型スーパーのカルフールもあり、

滞在中には何度も通った。

 

そう、「何度も」通うことになってしまった。

 

 

ここからバスで北上してベネズエラに入国する

という計画をしていた我々は、

6月4日()

バスターミナルにボア・ビスタ行きの

バスチケットを買いに出かける。

 

街の規模からすればショボいターミナル

やはりメインは航路か空路だからか?

 

 

 EUCADOR社 10時、18時、19時、23時発

所要 16時間くらい

料金は100レアル(5000)

 

翌日の18時発のチケットを買い、

マナウス滞在を2泊に留めて

先を急ぐことにしたのだが・・・

 

翌5日()17時半にバスターミナルに着くと

「バスはない」と言われる。

 

「何故?!チケットはあんのに?!」

 

ポルトガル語はスペイン語以上に分からず、

バス会社の人は図示してくれた。

 

それによればどうやら

「土砂崩れかなんかで道路が封鎖された」

と勝手に解釈。

それは運休せざるを得ない。

しかし今日まさに北上する気満々だった我々は

「笑うしかないね」と言いながらも呆然。

 

バスの運行再開はいつなのかと尋ねると

(明後日の)火曜日」

え・・・ほんとに?

 

怪しいとは思ったが、

まあ2日待てば行けるならそれくらい待とう。

じゃ、またあのホステルに帰るか

・・・と仕方なく再び荷物を持って

混雑したローカルバスをつかまえて乗り、

セントロへ戻る羽目となる。

 

19時前に汗だくになってホステルに戻った

ところ、数時間前に見送ってくれたスタッフが

「どうしたの?!」と驚いた。

 

もちろん、事態を知って同情してくれた。

 

2日後の火曜日にバスが出ることを信じ、

いや祈りながらマナウス滞在+2泊決定。

 

おかげでしばらくは更新できないと思われた

マナウスまでの船旅をブログに更新することが

できたのだが・・・。

 

つづく

 

タバティンガからマナウスへ

 

5月31日()

タバティンガからマナウスへの船は14時頃に出港

 

船はPorto Brasから出航しており、

3泊4日で料金は

ハンモックの場合1人170レアル(8500)

合計8回の食事代込み

 

まさかマナウス行きがこんなに混雑するとは

 

 

低めに吊るした私のハンモックからの視線

左側

 

 

前側

 

 

これまでのハンモック船の中で最も混雑していた。

おかげで自分のハンモックの高さを調節しては

なるべく隣接した人と接触しないようにした。

 

そういうことをしちゃうのが、日本人だよね。

 

 

食事は小さな食堂でこのように1人1人自分の分を

もらっていただくシステムになっている。

 

1度に15人くらいしか食べられない食堂前は、

毎回長蛇の列ができていた。

おかずによってはなくなり次第終了ということも。

多くの人が最後の方にならないように並んでいた。

 

ご飯は、ペルーの貨物船と比べると量・質ともに

ずっと良い。

 

朝ご飯はパンと甘~いミルクコーヒー

 

<昼ご飯>

ご飯、パスタ、チキン、ジュース

 

 

<夜ご飯>

ご飯、パスタ、牛レバー、挽肉とじゃが芋の炒め物

 

いつもあまりに夕食の時間が早いので(18時前頃)

自分の容器にもらっておいて

食べたいときに食べたときの写真

 

 

冷水機があるので水はいつでも飲むことができたし、

お手洗いは便座のある洋式トイレで

しかもトイレットペーパーが完備されており、

「高いだけあってブラジル船は快適だ」

と何度も思ったものだ。

 

 

そしてブラジルに入ってからは

アマゾン川流域の生活のわりには

集落には電線が張られており、

ペルーよりもずっと発展してきている様子が見えた。

 

 

川岸の牧場

 

 

船から眺められる景色の大半はやはりこんなん

 

「正直、見飽きたね。」

 

 

マナウスに近づいてきた頃には、漁船を見かけた。

 

 

そして4日目の朝9時半頃

 

マナウスだ!

ビルが立ち並んでいる街なんて久々だ!

 

 

マナウスまでの船の乗客のほとんどは、

当然のことながら大半がブラジル人。

黒人系の人々が多かった印象を受けた。

 

ペルーの貨物船と違ったことは、

「服装が小奇麗な人が多い」

「身だしなみを気にする、コロンを使う人が多い」

No music No life」なのか、

持ち運べるスピーカーを持っている人が多く、

さらに常に音楽がどこからか聴こえてくる。

 

 

ブラジル船は人が多かったが

ペルーの貨物船よりは快適度が高かったものの、

 

「まあもうハンモックでの船旅はないだろうな」

 

そう思いながらマナウスに辿り着いたのだが・・・。

 

 

 

プロフィール

Chihiro

Author:Chihiro
約800日間の旅を終えてすぐ
2011年12月30日より今度は
ユーラシア大陸の旅へ。

家族や友人、多くの世話に
なった方々や、旅の間で
知り合った方々などへ

どこで何をしているのか、
安否確認のために立ち上げた
ブログです。

いつも温かく見守って下さり、
ありがとうございます。

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