スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バングラデシュの旅 ③バングラデシュ人

 

コレといった有名な観光名所はなく、

治安は悪くないし物価も安いけども

ツーリズムが発達していないのであまり

観光しやすい国ではないバングラデシュ。

 

外国人旅行者があまり訪れることがないために

バングラデシュを旅していると地元民にとても

珍しがられ、見つめられ、すぐに囲まれる。

 

そんな地元民と触れ合い、彼らを観察することが

バングラデシュ旅の魅力の1つだと思う。

今回は旅先で出会ったバングラ人をご紹介。

 

1月25日 バゲルハットにて

牛の糞を棒に付けて燃料をつくる女性

 

 

別の地域では麻紐に糞をつけていたり、

手のひらサイズの平べったくした糞を

木の幹に貼って乾かしていたり。

地方では牛糞を燃料に活用している。

 

 

幼稚園のような場所

「エク、ドゥイ、ティン、チャル、パーチ」

数を数えながら身体を動かす子供たち

 

 

わざわざ近寄ってきて

「写真を撮って」とリクエストされる。

 

 

1月26日 クシュティアにて

緑の葉に色々なものを巻いて売るタバコ屋

あのカラフルな具材らは

それぞれどんな味なのかは謎のまま。

 

 

1月28日

ボグラ→モエモンシンホ行きのバス

ローカルバスの乗車率は時に高すぎて窮屈

 

 

イスラム圏なので、基本座席は男女別。

女1人で旅した時は前の方に座らされた。

 

 

1月29日 モエモンシンホにて

チャイ屋の少年 チャイは1杯5タカ(5)

 

 

就学年齢の児童が働いているし、チッタゴンでは

ホームレスやストリートチルドレンも見かけた。

 

 

市場で一眼レフに撮ってもらいたがるおじさん

いい大人でも写真を撮られたがる人が多い。

 

 

1月30日 シレットにて

シャハ・ジャラル聖者廟で沐浴する人々

あんなに濃い緑色の水した池なのに・・・

 

 

2月1日 チッタゴンにて

カメラを覗き込む食堂のスタッフ

(バングラ国内ではこれは日常茶飯事)

 

 

2月3日 オールドダッカにて

立ち止まるとすぐ人々に囲まれる。

(バングラ国内では日常茶飯事)←しつこい?

 

 

 

バングラデシュ滞在中には毎日何人かには

必ず「カントリー?」と出身国を訊ねられ、

「ジャパン」と答えても

「ふーん・・・」と反応するだけの人が大半。

 

未だに識字率が低いし教育が不十分なのか、

それ以上の会話ができないのか、

はたまた会話したくないからなのか。

出身国を訊かれて答えるだけの単調な

やりとりが続いてウンザリしたことも。

 

「チャンチンチョン」と馬鹿にされることも

多かったので、それに比べればただ

出身地を訊かれるだけの方がマシだったが。

 

また、滞在中には何十人、もしかすると

何百人もの人に見つめられた。

イスラム国なので外に出る機会が乏しい

地方に住む女性陣の視線は、特に熱かった。

ローカルバスや地元の食堂で我々日本人を

見るや否や

Oh my God!!!!!」とばかりに目を丸くし

しばらく我々を見つめ続けた人もいた。

 

食事をしていると、食事をしている人や

スタッフらに表情変えず見られるのは当然。

目が合ったら微笑んでくれりゃいいのに、

愛想がない人々である。

我々日本人をずーっと見つめながら自分の

手元も見ずに食べ続けている人もいるので、

Cちゃんは毎日のように

「あたし達おかずにされてる!」と言っていた。

 

「珍獣じゃありません、日本人旅行者です。」

そうベンガル語で言えたら良かったのにな。

 

 

個人でバングラデシュ旅行をお考えの方は、

ぜひできるだけベンガル語を覚えて下さい。

特にダッカ以外は英語の通用度が低いので

他地域を訪れるならば最低限のフレーズや

数字くらいは丸暗記するとよいと思います。

 

 

スポンサーサイト

バングラデシュの旅 ②ロケットスチーマーでの船旅

 

18時頃にやっと乗船したロケットスチーマー。

船の入り口に入った途端に思った。

「あ、この船に乗ったことがあるわ」と。

1等キャビンまで迷わず行けたし、何より

2年前に乗船していたクルーがまだいた。

まさかの同じ船!その名もOSTRICH

まあ、いいんだけども・・・。

 

ロケットスチーマーは現在3艘で運行

しているとオフィスの人に教わっていた。

急遽訪れることになった2度目のバングラで

同じ船で旅をすることになるなんて、

偶然にしては結構凄い確率。

 

それはさておき

1等キャビンに入ってすぐに取り掛かったこと

     蚊の退治

小奇麗にされたキャビンだが、

蚊が15匹くらいはいたので2人で潰しまくる。

 

     ゴキブリの退治(2匹)

バングラですもん、そりゃいます。

この時からゴキブリが出現したときは

触りたくないけども殺せる私が殺傷係り、

殺せないが死骸は処分できるCちゃんが処分係り

という完璧な役割分担が出来た。

 

     最後は蚊取り線香を部屋に充満

 

これらのひととおり作業が済んでから

1等キャビン用の船のデッキから外を眺める。

混雑した船着場は、いかにもダッカらしい。

 

 

この晩提供された夕食(別料金1200タカ)

カレー風味の炊き込みご飯と

チキンとジャガイモのカレーと卵カレー

カレー味ばっかりだけど、美味しかった。

 

 

夕食をサーブされる時に自分が2年前に

同じ船に乗船していたことをあるクルーに

思い出され、Cちゃんとゆっくり食事を

楽しみたいのに少し興奮気味にからまれた。

しかもかなり近距離で。

「2年前に乗った、東京の病院で働いている

あのチヒロか?!」と。

よく覚えていたよなぁ、アシシ(20代男性)

英語が上手で賢い人だと私も覚えていたが。

 

「2人で話しながら食事をしたいので

後にしてくれ。」と頼んだところ、

しばらく近くで我々を見つめるアシシ。

まさにこれこそバングラだな、と思った。

 

 

夕食後にはCちゃんとキャビンに戻り、

プライベート空間を満喫し、就寝。

 

 

翌24日昼前にアシシは我々を操縦室の

横にあるデッキへ連れて行ってくれた。

 

 

懐かしいなぁ、バングラのこういう風景

 

小さい船で漁をしている人がいる。

 

船は時々こういうところに立ち寄る

 

 

接岸中

 

 

ここでしばらく外を眺めていた。

 

 

 

13時半頃、昨夜の夕食とほぼ同じメニューの

お昼ごはんを食べ、

15時半にMorrelganjiに到着。

ロケットスチーマーは通常

ダッカ~クルナ間を就航しているが、

水位が低いので今はMorrelganjiまで

しか行かないそうなので、

ここで船を降りることになっていた。

 

きちんとした船着場もあるだろうに

外国人乗客だけでボートをチャーター

(1艘200タカ)させられ、

 

 

ロケットスチーマーを離れる。

 

 

「さよなら、OSTRICH号!」

 

 

あっという間の約21時間の船旅だった。

 

 

もしもバングラデシュを訪れたら

ロケッロスチーマーにぜひとも乗り、

1等かVIPキャビンでお楽しみ下さい。

 

 

バングラデシュの旅 ①ダッカで外輪船に乗るまで

 

2012年1月22日

ヤンゴン8:30→バンコク10:15

空港のコンビニに行くだけでえらく感動し、

駆け足で一時のバンコク滞在を楽しむ。

バンコク19:50→ダッカ21:20

(航空券はBangkokAirwaysHPで年末に

購入。BKKDAC往復12380THB(31404))

 

 

やってまいりました、まさかの

2年ぶり2度目のバングラデシュ。

再訪するとは思っていなかったが、

今回はCちゃんとどんな旅ができるか

楽しみだった。

 

2週間弱でバングラを周り尽くすために

わりと高速移動の旅を続けることに。

 

1月23日

お昼前にダッカのBIWTCのオフィスで

この日の夕方にダッカを出発する外輪船:

ロケットスチーマーのチケットを買い求める。

 

 

どうやら国のお役人が仮予約している個室が

埋まらなければ我々が買える、とのこと。

仕方なくキャンセル待ちのために1時間弱

そこで待つことになった。

「買えないとルート作りに困るんだよなぁ」

 

お昼過ぎにやっと1等キャビンを売ってくれた

オフィスのおじさんは突然

「最近病気で妻を亡くして寂しい。

治療費にお金がかかったから貧しい。」

など勝手に身の上話を始める。

さらにチケットの支払い時にバクシーシ、

つまりはチップを要求してきた。

 

「相変わらずだなー、バングラ人()。」

ホテルのチェックアウトまで時間がないので

チケットを受け取って立ち去りたい我々は

着いたばかりで小額紙幣がなかったので

お釣りをもらえなくても良い金額を手渡す。

チケット代1770タカ+チップ30タカ

合計1800タカ(約1800円、1人900円)

 

チップ30タカは約30円であるため

「こんだけ?!」と不満そうなおじさん。

支払いは支払い。ちゃんと払ったじゃん!

と強気な姿勢で部屋を立ち去る我々。

「今日発のチケットを買えて良かったね!」

と喜びながらホテルへ戻った。

 

 

16時半頃からダッカの街が

バスや車、リキシャーで非常に混雑してきた。

 

ロケットスチーマーはショドルガットという

船着場から出航するのだが、

滞在していたホテルから4kmほどなのに

そこに辿り着くまで相当時間がかかった。

CNGというTaxi代わりの3輪の乗り物は

誰もそこへ連れて行きたがらないし、

船着場方面へ路線バスも見当たらない。

出航時刻の18:30には間に合うだろうと

とりあえず歩いて向かった。

途中で色んな人に行く方向を教わりつつ。

 

最後の1kmほどはリキシャーと交渉して

荷台に荷物と共に座って移動したのだが、

 

 

このように周囲の人々の注目を集める。

 

 

有名人であるかのように常に誰かに見られる。

それがバングラデシュ旅の特徴の1つ。

 

 

どうにか18時前にショドルガットへ到着し、

リキシャードライバーに乗車前に交渉した

とおり20タカ(20)を手渡すと

 

200タカだ」と後から着いて来た。

20200の違いくらいのベンガル語は

分かってるわい。」と日本語で抗議。

 

結局20タカも受け取らなかったので

「それならいいよ」、と我々は足早に

乗船口の通路に向かった。

つまり、無賃乗車したことになる。

 

このやりとりを見ていた周囲のバングラ人も

「そりゃ200はないな」と思ったのか

「払ってやれよ」と加勢してこなかったし、

弱気で交渉下手なリキシャーだったので

仕方ないと割り切る。

 

そんなこんなでやっとこさ

ダッカ18:30発のロケットスチーマーに乗船

 

 

アレ・・・?この船知ってるかも・・・?

 

 

初めてのナンキンムシ

11月19日(木)

バングラでのホテル滞在最後の夜、

身体のあちこちが痒くて何度も目覚める。

「蚊は飛んでいないのに」と思いつつ、

虫刺されを塗り直しては眠ろうと試みる。

午前4時半「もうたまらん」と耐えかねて

起き上がって電気をつけてベッドを見ると、

数mmの赤褐色の虫。「犯人はコレか?」

偶然にもこの数時間前に日本人旅行者Y氏に

ナンキンムシの話を聞いたばかりだったので、

「まさにコレこそがナンキンムシ?!」と

思うと同時にその虫を指で潰してみると、

赤茶色の体液がシーツに染み出る。

「おぉっ!!きっと間違いない!!」

その後ベッド上で見つけた虫5匹を潰した。

蚊による虫刺され跡とは違い、

局所的にいくつも赤く腫れている虫刺され跡。

水のシャワーを浴びて、全身チェック。

両腕、肩と背中から腰にかけての虫刺され跡。

「あらら~。嫁入り前なのに()。」

後日確認できるように、潰した虫と

虫刺されの跡を写真に収めてみた。

撮影しにくい肩や背中の虫刺され跡に必死で

カメラを向けては、「まさかこんな夜明け前に

自分の皮膚を撮ることになるとは」と苦笑い。

だって他人には頼めないんだもの。

炎症を緩和する軟膏を塗り、着替える。

PCを立ち上げてエンカルタでナンキンムシを

検索すると、確信を得た。間違いない、床虱だ。

旅の間でいつかは遭遇すると思われたナンキンムシ。

偶然にもY氏のリアルタイムな情報のおかげで

慌てることなく、むしろ楽しんで()対処できた。

本当に有り難うございました。

また、今まで持参薬のほとんどは活用されないまま

だったが、この機会に軟膏が大活躍してくれたので

わざわざ持って来た甲斐があったなぁと思う。

K先生、処方箋を有り難うございました。

振り返ってみると、2晩で両腕、両肩、腰、

両下腿から足部などにかけて広範囲に刺されていた。

痒みがなくなるのには4日間ほどかかったが、

ナンキンムシのリスクが少ないバリ島で、

気長に治そうと気楽に思えた。

郵便局での荷物の受け取り

11月15日(日)

日本で毎日私のことを心配し続けている

母に、バングラデシュ入国前に

「バングラデシュの中央郵便局(GPO)

郵便局留めで小包を送って」と頼んでおいた。

ダッカへ到着してすぐ、GPOに向かう。

「10日も経てば、日本から届いているはず。

今日受け取れるといいな。」と願いつつ

職員に受け取り荷物について尋ねてみる。

GPOの職員でも英語が通じる人が少なく、

また親切さに欠け、小包梱包、切手売り場、

記念切手やポストカード売り場をたらい回し。

一体何人の職員に

Poste Restante( 郵便局留め)」を主張して

説明したことか。

ようやく案内してくれたところで

手書きで「Poste Restante」と書かれた

薄汚れた木の収納棚を見つけたときは

「これだよ」と言ってしまった。

母からの小包を見つけて手に取ることが

できたときのあの喜びと安堵感。

無事に受け取れたよー!

 

その後宿を決めて、自室で開封。

いかにも母らしい頑丈な梱包。

2重の封筒とビニール袋に入った

新しいガイドブック2冊とペンと手紙。

 

初めての郵便局留めの小包が郵便事情の

あまりよろしくないバングラデシュだった

だけに不安もあったので、

「お互いよくここで出会えたな」と感動した。

プロフィール

Chihiro

Author:Chihiro
約800日間の旅を終えてすぐ
2011年12月30日より今度は
ユーラシア大陸の旅へ。

家族や友人、多くの世話に
なった方々や、旅の間で
知り合った方々などへ

どこで何をしているのか、
安否確認のために立ち上げた
ブログです。

いつも温かく見守って下さり、
ありがとうございます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。